筆者自身の備忘録として、自己履歴を残しておきたいと思います。
〜パソコン黎明期編〜
■1982年頃
科学雑誌といえば「ニュートン」が有名でしたが、学研はライバル誌「UTAN」を発刊していました。
学研のおばちゃんにお世話になっていた筆者宅では、勧誘されるがままUTANも毎月運んでもらっていました。
パソコンを特集した刊で、衝撃的なページに出会うのです。
緑色のワイヤーフレームで描かれた、立方体
現在では、シェーダだどで、立方体に鏡面反射やらサビを浮かせることだって可能なのに・・・
NEC PC-8001というパソコン上で作られた画像でした。
そして、横にはそのソースコードが掲載されていました。
まったく理解できない文字列・・・
それはBASIC言語で書かれていました。
この特集に大変感動し、BASIC言語の習得に情熱を傾けることになります。
■1983年頃
当時はポケコンという名前で、シャープのPC-1245とカシオのPB-100が有名でした。
今は亡き私の師匠とも呼べる雑誌「ベーマガ」(BASICマガジン)では、毎月面白そうなゲームのソースコードが掲載されていました。
筆者はまだ小学生で、約2万円するポケコンを購入するお金はなく、ソースコードを眺める日々でした。
そんな中、正月にお年玉をもらってディスカウントストアに行ったところ、
シャープのPC-1246というポケコンが5千円弱で売っていたのです。
すぐに飛びつきました。
しかし・・・型番からするとPC-1245の後継機であるはずなのに、機能はかなり削減されていました。
PC-1245の最大の武器はマシン語が使えることと、液晶のドット単位でグラフィックを描けることだったのですが、
その機能がバッサリと落とされていたのです。
ベーマガにはPC-1246のソフトなどほとんどなく、PC-1245のプログラムも利用できずに失意の中でした。
しかし、カシオのPB-100のソースコードから移植すればソフトが組めそうだと思い、がむしゃらに組みました。
いくつかのゲームを動かすことはできるようになったものの、あまり良いポケコンではないとの結論に達し、友達に売ってしまいました。
■1985年頃
雑誌ベーマガ、ポプコムなどプログラミング雑誌を多く読むようになり、パソコンが欲しくてたまらなくなりました。
親戚が押入れで眠らせていたコモドール社製MAX MACHINEをもらったのですが、「ゲーム機」としての性格が強く、
またキーボードが最悪で、プログラムを打つのが面倒でした。
少しは使ったのですが、やはりお蔵入りとなってしまいました。
ベーマガでは富士通FM-7系、NEC PC-8001、PC-6001系、シャープMZ、X1系が人気がありました。
しかし、PC-6001以外は軽く10万円をこえており、子供が買える金額ではありませんでした。
そんな中、東京のとある小さなデパートで、NEC PC-6001mk2が3万5千円で売っていたのです。しかもゲーム1つ付き。
この時もお年玉を原資にしようと思っていたのですが、1万円足りない・・・
弟を説得し、共同で購入することにしました。
ゲームは「タイニーゼビウスmk2」か「ロードランナー」のどちらかをもらえるとのことでしたので、
価格の高い「ロードランナー」にしてもらいました。
当時はパソコン用市販ソフトはテープでしたので、家にあったサンヨーのダックスフントをつかって再生し、
10分も待って1つのゲームが遊べるようになるものでした。
その頃、ポプコムなどではプログラムをソノシート(ぺらぺらなレコード)として付録にしていたのですが、
最後まで一度もロードには成功しませんでした。
このPC-6001mk2ではBASIC言語を使って、相当数のソフトを作成しました。
3年間使い倒し、友達に売りました。
■1987年頃
PC-6001mk2は普通のTVに接続して表示させるのですが、ポケコンに比べて格段に画面が広い(ポケコンは当時1行12桁の文字しか表示できない)
ため、ゲームを作るときに手間がかかり、その間に情熱が冷めてしまうことがありました。
そんな中、質屋のウィンドウを眺めていると何とカシオのFX-795P というポケコンが5千円程度で売られていたのです。
どんなポケコンか確認もせずに飛びつきました。
これが大当たり!
名機PB-100の資産も使えるし、表示桁数も24桁と倍になりました。
プログラムスロット?(呼び名が分かりません)という概念があり、複数のプログラムを独立して保存できる場所も増えていたので、
様々なプログラムを保存しておくことができました。
これでは横スクロールシューティングゲームや、RPGなど数多くのアプリを作成しました。
そして、いよいよ本格的なPCが欲しくなり、親との交渉が始まりました。
半年ほどの交渉の末、手に入れたのはNEC PC-8801mk2SRでした。
5.25インチの320KBフロッピーディスクドライブが2機内蔵されており、遂にテープレコーダから卒業できました。
そして、「デモディスク」と呼ばれる機能のデモを行うソフトがフロッピーディスクで同梱されていました。
FM音源でボレロや四季などを画像を交えて演奏していてとても素晴らしく、感動したことを覚えています。
しかし、高機能過ぎて中学生だった筆者には使いこなすことができず、BASIC言語止まりで、
マシン語を使うところまでたどり着けませんでした。
当時のパソコンは高性能ゲーム機としても活躍しました。
その中でもPC-8801mk2SRは特に人気があったパソコンであったと思います。
日本ファルコムやT&Eソフトのゲームは大変人気があり、予約してまで購入したことを思い出します。
そして、満を持してシャープが革命的なパソコンを世に送り出し、PCゲームの世界を変えていくことになります。
(つづく)
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